古代雑記

一億分の一の検証  昭和枯れ芒、素人のつぶやき。

八卦の象徴と三爻の中の陰陽 太安万侶の道標、その13

 八卦のそれぞれの自然の象徴、天、水、山、雷、風、火、地、沢が中国の地勢に適った方位に組み合わされていることは前章で述べました。したがって、そのほかの象徴、家族や性情や身体等の組み合わせにおいても無理のない関係が見出せるはずです。そこで、今回はそれに加えて、古代日本がこれらをどのように受け止めていたかということも「記紀」を交えて連想を進めていきたいと思います。

八卦の象徴と三爻の中の陰陽

 『易経』の解説文献「説卦伝」には八卦の象徴する物象を多く挙げ、それらすべてに解説を加えています。しかし、それらは必ずしもオリジナルなものばかりとは言い得ず、二次的な発想によるものもあるようです。そしてなにより、それらは解説というよりもむしろ定義めいたもののようにも見えます。そこで、ここではそれらをすべて無視して話しを進めて行きたいと思っています。

八卦







自然
家族 長男 中男 少男 長女 中女 少女
性情
身体

 左は古来からの普通に見かける八卦とそのそれぞれが示す象徴との一覧表です。おそらく、古代においてはこれだけで人事自然百般の運勢や吉凶を占えたものと思われます。
 先ず、家族の項に注目をしてみますと、乾(天)を父に、坤(地)を母に当てはめています。これは、"父なる天、母なる大地"というおそらく誰もが普通に抱く自然なイメージからのもので、陰陽思想でも陰(地)は女性に、陽(天)は男性に割り振られています。つまり、乾(天)を父に、坤(地)を母に当てはめる事は至極自然な成り行きと言えます。しかし、家族のもう一つの成員、子供達に関しては必ずしもそうとは言えないようです。しかし、父母が決まれば、次に述べるある意味での八卦さらには陰陽の特有の性質とも呼べるものがこれらを成立させてしまうこともまた確かです。
 周知のように、卦は陰爻(--)と陽爻(一)との組み合わせよりなる三つの爻で出来ています。三爻の組み合わせは全部で8個ですが、陰と陽とが4個づつの二組に分かれます。また、爻の組み合わせも、三爻すべてが同じであるものと一爻だけが違うものとの二組に分かれます。そこで、三爻すべてが同じであるものを大、一爻だけが違うものを小と呼んだ場合、☰を大陽(父)、☷を大陰(母)と呼ぶことに齟齬はないと思います。あとは、☳・☵・☶のグループと☴・☲・☱のグループのどちらかを小陽あるいは小陰と呼べば好いことになります。では、どちらをどう呼ぶのが好いのだろうか。
 表によれば、☳・☵・☶のグループは小陽(長男・中男・少男)に、☴・☲・☱のグループは小陰(長女・中女・少女)に当てられています。しかし、これでは一見逆のように感じられはしませんか。というのも、小陽の☳・☵・☶の場合明らかに陰爻の数の方が勝っていますし、小陰の☴・☲・☱では陽爻の数が勝っているからです。これではあたかも大陽から小陰が、大陰から小陽が生まれたように見えなくもありません。しかし、実はこれが陰陽の性質であり規則でもあるのです。この規則は陰陽の転化と循環の規則とも呼ばれ、自然の理にもかなっているもので、決して不自然で押し付けがましいものではありません。

陰陽の転化と循環

 陰陽の転化と循環の規則を自然に求めれば、それは昼夜の繰り返しや朔望の繰り返しに、さらには春秋の繰り返し等に見出せます。ただ、自然がアナログ的な転化と循環であるのに対し、陰陽の爻はデジタル的な転化と循環であるという違いはあります。しかし、一日には朝・昼・夕・夜、一月には朔・上弦・望・下弦、一年には春・夏・秋・冬というある意味での四段階デジタル表現があることもまた確かです。そこで、先ずこれらを大陽・小陽・大陰・小陰という呼び方に合わせてみると、それぞれ、小昼・大昼・小夜・大夜、大朔・小望・大望・小朔、小夏・大夏・小冬・大冬と呼べることになります。《参図13aⒶ》
f:id:heiseirokumusai:20170626223251g:plain  なお、Ⓐ図の四季を八卦と同じ8段階で表示していますが、初春・春・初夏を小夏とし、初秋・秋・初冬を小冬とすれば四段階となります。また、昼夜や朔望も八段階表示、いや、それ以上の表示も可能ですが、ここでは四季だけを八卦に合わせその例として取り上げます。なお、四季の四段階表示では、冬を大冬、夏を大夏、初春・春・初夏を小夏、初秋・秋・初冬を小冬としたわけですが、もしかしたら、大春や大秋、小春や小秋の表示でも好いのではないかとか、初春・春・初夏を小夏等と呼ぶのは適切かといった疑問を投げ掛けるかとも思われますので少し説明を加えておきましょう。
 四季の中で最も厳しく季節を感じるのは冬と夏です。冬には酷寒、夏には酷暑という表現があります。一方、陽春や涼秋の言葉を持つ春や秋は最も気候の穏やかな季節です。Ⓐ図では既にそうなっていますが、四季を五行方位で表せば、冬は北、夏は南、春と秋は東と西に配されます。前章でも述べたことですが、南と北とは対峙の関係になります。したがって、陰と陽とが対峙するごとく冬と夏とが対峙し、陰を大陰、陽を大陽と呼べば、自ずと冬は大冬、夏は大夏となります。また東西は、前章では移動や接近の関係としたように、それらに振り当てられている春と秋とは対峙ではなく対称の位置関係になります。ただ、春と秋とではその向かう方向が違うのです。春は夏に向かい、秋は冬に向かいます。つまり、春の基底は夏、秋の基底は冬、したがって、春を小夏、秋を小冬と呼ぶことに齟齬はないはずです。そして、このことは同時に、大陰から大陽に向かうものを小陽、大陽から大陰に向かうものを小陰と呼ぶことにも齟齬がないことをも示しているのです。

陰陽の流れ

 大陰から大陽に向かうものが小陽ならば、小陽は大陰から生まれたことになります。また、小陰は大陽から生まれたことにもなります。思うに、冬はとどまっていては季節はめぐりません。陰もまたとどまっていては陰陽の転化と循環は起こりません。真冬を過ぎれば春とも申します。陰も極まれば陽に向かいます。陰の極まった位置を大陰と見做せば、大陰を過ぎれば即陽の世界です。つまり、Ⓐを通る直系軸とⒷを通る直系軸は、冬と夏とを、陰と陽とをそれぞれ隔てていることになります。
 さて、そこで大陰(☷)は陰の極まったもの、大陽(☰)は陽の極まったものと見做せば、隔ての直径軸を境にして、大陰は小陽へ、大陽は小陰へと転化循環を始めます。その時、小陰(☴・☲・☱)と小陽(☳・☵・☶)を構成する三爻はどのように変化していくかということなのですが、表によれば、☳と☴は長男と長女、☵と☲は中男と中女、☶と☱は少男と小女ということですから、☷)→(☳⇒☵⇒☶⇒☰)→(☴⇒☲⇒☱⇒☷)とした順序での変化ということになります。なお、→は転化、⇒は移動を示します。
 ところで、三爻の変化のさせ方なのですが、図13aのⒸのようなさせ方もあります。これは、陽爻あるいは陰爻の数を増していく方法です。ただ、この方法だと☵と☲が生成しませんし、小陽だけ、あるいは小陰だけのグループを成立させることもできません。また、Ⓑと八卦方位図はある直径軸あるいは対角線を挟んで陰と陽のグループに二分できるのですが、Ⓒではそれができません。このことから、八卦における陰陽の転化や循環の規則は陰陽の量や強弱の変化によるものではなく、陰爻や陽爻の占める位置の変化によるものだということが分かります。つまり三つの爻のうちの一つの爻が陰爻あるいは陽爻である場合、その一つの爻の占める位置により長女や中女であったり少女であったり、さらには長男や中男あるいは少男であったりするわけです。

性情と身体

 八卦が象徴する家族については、一通りの説明は終えたと思います。残るのは性情と身体の項となりました。これ自体の説明はそれほど難しいというものではありませんが、ただ問題なのは、八卦がなぜ多々ある性情表現や身体構成部分からそれらだけを選んだかということです。思うに、八卦はその名の示す通り八種類の象徴しか扱えません。それに、その内の半分を陰に属するもの、残りの半分を陽に属するものとしなければなりません。
 表によれば、性情(順・入・麗・悦)と身体(腹・股・目・口)が陰に、性情(健・動・陥・止)と身体(首・足・耳・手)が陽に属するものとなっています。そこで、これらに関係すると思われる陰陽の属性を少しばかり表にしてみますと、

湿

左のようになります。これから、陰の身体は柔らかくて潤いや凹み感の在るものを、陽の身体は乾いて硬くはっきりと突き出ているものを選んでいることが分かります。単純には女性的なものと男性的なものとを選び分けたとも言えます。しかし、それなら性情もそうかといえば、必ずしもそうとは言い得ないものもあるようです。
 陰に属する性情の中で、順と入は従順や受け入れ易さといった意味を持ち、これは明らかに女性的なものであると言えます。しかし、麗と悦は女性的かもしれませんが陰の属性に入るのかどうかは分かりません。そもそも麗(醜美)や悦(喜怒)を陰陽で分けることは出来ません。陰陽は対峙の関係にありますが、善悪の対峙とは違います。陰陽には善悪も醜美もありません。ところで、麗は"リ"とも発音します。これは卦名の離と同じです。また悦は喜びのことで、卦名の兌と同じ意味を持っています。それに字の形も似ています。どうやら、麗と悦は卦名とかかわりがあるようです。
 麗と離の共通点を辞典で調べてみますと、二つのものが並び立つとする意味がそれであると分かります。そして、それが目であることが身体の項から分かります。また、悦と兌は、悦が悅とも書けることから、悦はそもそも兌の性情を表しているものということが言えます。つまり、兌には穴の意味があり口をも指し、これも卦名、身体、性情が揃ったことになります。さしずめ喜びは口元に溢れるということなのかもしれません。最後に、陽の性情ですが、健・動・止は、剛健・動・押し止めると書き換えれば陽に属するものとなります。また、首は確り、足で動き、手で押し止めるとすれば、身体と性情が揃ったことになります。ただ陥は、卦名の坎からのものとする他はないようです。思うに、陥も坎も落とし穴のことです。人を策略で落としこむ。その基本は耳から入れる騙りでしょうか。

記紀神話と八卦

 八卦は古代のものですが、その基礎的な部分に限れば素人の現代人にも付き合えるものです。そして、おそらく古代の素人にも付き合えたはずです。
 陰性であるのに大陽(☰)から生まれたように見える小陰(☴・☲・☱)、陽性であるのに大陰(☷)から生まれたように見える小陽(☳・☵・☶)、実はこれとそっくりな光景が「記神話」の中にあります。それは、天照と須佐ノ男の誓約の段にあります。話しを要約しますと、天照は須佐ノ男の剣を借りて三柱の女神(宗像三神)を生み、須佐ノ男は天照の珠を借りて五柱の男神を生みます。そして、天照は

この後に生れませる五柱の男子は、物実我が物に因りて成りませり。かれおのずから吾が子なり。先に生れませる三柱の女子は、物実汝の物に因りて成りませり。かれすなわち汝の子なり
《角川文庫・新訂古事記武田祐吉訳注》

という理由を述べ、最終的には彼女の生んだ女神を須佐ノ男の子とし、須佐ノ男の生んだ男神を彼女の子としてしまいます。これは、大陰が大陽の陽爻を借りて小陽(三男子)を、大陽が大陰の陰爻を借りて小陰(三女子)を生むのと全く同じことです。ただ、小陽が三男子であるのに対して神話では五男子となっているのが少し違ってはいます。しかし、これも神話をよく読むと三男子として扱っても好いようにも見えるのです。
 五男子の生成の内訳を見ますと、先ず三男子が頭の髪飾り用の珠から、残りの二男子が腕飾り用の珠から生まれています。さて、これをどのように見るか。単純には、珠の出所が違うわけですから、別々の所作と見るのが好いのかもしれません。それに、最初の三男子はすべて氏族系譜につながりますが、残りの二男子にはそれがありません。《下表参》

正勝吾勝勝速日
天之忍穂耳命
子の邇邇芸命は、地上での皇統の系譜につながる
天之菩卑命 子の建比良鳥命は、出雲國造・无耶志國造・上菟上國造・下菟上國造・伊自牟國造・津嶋縣直・遠江國造らの祖
天津日子根命 河内国造・額田部湯坐連・茨城国造・大和田中直・山城国造・馬来田国造・道尻岐閇国造・周防国造・大和淹知造・高市県主・蒲生稲寸・三枝部造の祖
活津日子根命 この神の後裔氏族は不明
熊野久須毘命 熊野の神と関係があるとも言われるが不明

 そこで、活津日子根命熊野久須毘命を取り除けば、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命は☳に、天之菩卑命は☵に、天津日子根命は☶にそれぞれ納まります。これに宗像三神の多紀理毘売命(☴)・市寸島比売命(☲)・多岐都比売命(☱)を加え、さらに須佐ノ男を☰に、天照を☷に当てはめれば、八卦が揃います。
 思うに、「記神話」は数にこだわっているようにも見えます。その数とは、2と3です。2は、雌雄一対、あるいは陰陽二元を表す数です。3は、老子等の言う万物を生み出す数です。つまり、2と3とですべての数または事物が表せるのです。この段の数字の現れ方を見てみますと、先ず須佐ノ男と天照で2、次いで宗像三神の3、さらに髪飾りの三神の3、最後に腕飾りの二神の2という順序になっています。
 さて、2・3・3・2という並び、なんとなく上から読んでも下から読んでもといった感じもしなくはないのですが、おそらくどちらから辿っても5と8になるというものでしょうか。それに、それらすべて合わせると10という数にもなります。⒒章でも述べましたが、10は「漢書律暦志」のいう天地の五方位が完備して終わる数"十"でもあるのです。天照は天孫の祖、須佐ノ男は地孫の祖というこなのでしょう。